物価高騰懸念の打破には人的資本投資による賃金上昇が鍵

2022年10月28日


沖本 竜義
慶應義塾大学経済学部


内閣府が毎月実施している消費動向調査は、今後の暮らし向きや物価の見通しについて消費者の意識を調査し、景気動向判断の参考とするものである。最近は、物価の上昇が家計を圧迫し、消費者態度が悪化していることが懸念されていることを背景に、この調査結果の注目度が以前より増して高くなっている。特に、先日公表された2022年9月調査は、その懸念が再確認されたことで、重要な調査となった。

消費者態度の悪化傾向は変わらず、基調判断は「弱含んでいる」で据え置き

図1は消費者態度指数の変遷を図示したものである。過去3年を見てみると、コロナ感染症ウィルスにより、消費者態度は2020年4月に大きく低下したが、その後2021年末にかけて回復基調を維持していた。しかしながら、2022年2月以降はロシアのウクライナ侵攻を契機とした国際情勢の不安とエネルギー価格の高騰が、日本を含めた世界経済を停滞させる懸念が広まっていることもあり、消費者態度は悪化傾向にあった。にもかかわらず、8月調査では、消費者動向は2.3ポイント上昇し、明るい兆しが見えていたため、9月調査でもこの回復基調が続くかどうかに注目が集まっていた。結果は、1.7ポイントの低下と、8月調査の上昇の7割以上が相殺されるものとなっており、消費者マインドの基調判断は「弱含んでいる」で据え置きとなった。


図1:消費者態度指数

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また、この消費者態度指数を構成する各消費者意識指標を図示したものが図2である。この図からは、「耐久消費財の買い時判断」が-2.5%、「暮らし向き」が-2.1%と、大きく低下していることが見て取れ、「収入の増え方」の0.6%の低下や「雇用環境」の1.7%の低下よりも重要な要因となっていることがわかる。この傾向は、2022年2月以降の消費者態度の悪化を通じて観察されており、このことから、2022年2月以降の消費者態度の悪化は、雇用環境よりも生活環境の悪化が大きく寄与しているといえるだろう。


図2:消費者態度指数を構成する消費者意識指標

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物価高騰懸念が消費者マインドを低下

この背景にあるのは、物価高騰の懸念である。ロシアのウクライナ侵攻を契機としたエネルギー価格の高騰に加え、2022年2月以降、円安が加速し歴史的な円安水準となっている。その結果、様々な原料・商品が値上がりしており、その流れが止まる気配は一向に感じられない。それは、消費者が予想する1年後の物価の見通しの推移を図示した図3からも確認できる。物価が上昇すると回答した二人以上の世帯は、2022年2月以降90%を超える水準となっており、その内訳をみても、2022年3月以降は、5%以上の物価上昇を予想する世帯が50%超と、高い水準となっている。物価上昇予測は2021年当初から上昇しているが、2021年は消費者態度も同時に改善していた。しかしながら、2022年以降の物価高騰懸念は、消費者態度の改善を伴っておらず、大いに憂慮すべきものである。

図3:消費者が予想する1年後の物価の見通し(二人以上の世帯、原数値) 画像をクリックすると詳細データを閲覧できます(ログインが必要)
 

消費者態度の改善の鍵は、人的資本への投資を通じた賃金上昇

今回の物価高騰懸念は、ロシアのウクライナ侵攻など外的な要因が大きい。歴史的な円安は日米の金融政策の違いが主因であるが、現在の日本経済の状態と日銀の金融政策の方向性を考えると、金融政策により円安や物価高が早急に解消される可能性は少ないだろう。それでは、この状況を打破するには何が必要なのか。それは賃金の上昇である。物価の高騰に対処するには、節約するか収入を増やすしかないが、日本人の節約志向はすでに十分高いものであり、それ以上の節約志向は消費者態度を悪化させるだけである。それよりも、政府が政策を通じて、より積極的に賃金の上昇に働きかけていくことが重要となるだろう。近年は、最低賃金の上昇や賃金を上昇した企業への税制の優遇などの賃上げ促進税制政策により賃金の上昇が図られてきたが、それだけでは不十分であろう。政府は従業員の能力開発や多様な人材が活躍できる環境の整備など、企業の人的資本への投資をより活発に促すべきであろう。企業側も収益性や生産性が上がらなければ賃上げはやりにくい。したがって、人的資本に積極的に投資することで、労働者の生産性を上げ、増収を実現したうえで、それを労働者に還元していくという流れを生み出すことが重要である。政府には人的資本への投資の重要性を改めて認識し、企業の人的資本投資を促すような政策を積極的に施行することにより、賃上げの実現を目指していくことを期待したい。