国際的な競争力の向上に向けて初等教育における実用的教育の強化と自国学生への教育支援の拡大を

2024年11月07日


沖本 竜義
慶應義塾大学経済学部

2024年9月24日、東京大学は学部の授業料を年53万5800円から約11万円引き上げ、2025年度入学生から同64万2960円にすることを決めた。東京大学は国内の最高学府であり、他大学への影響も大きいので、この決定は大きく報道された。そこで、本コラムでは、2024年9月10日にOECDが公表した各国の教育に関する統計をまとめたEducation at Glanceから教育にまつわる幾つかのデータを紹介し、日本の学校教育について展望する。

日本の国公立大学の自国生に対する学費水準はOECD諸国なかで比較的高い一方、留学生に関しては低め

日本の高等教育の学費は国際的に高いのか、それとも低いのか?日本の大学の学費水準を国際的に比較するために、OECDのEducation at Glanceから2022-2023年学年暦におけるOECD諸国の国公立大学の自国学生に対する学費を図示したものが図1である。それによると、大学の学費については、アメリカとイギリスの学費が突出しており、日本はその次のグループで、ルクセンブルク、カナダ、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどと同等の水準となっていることがわかる。大学院修士の学費で見ると、アメリカとリトアニアが高くなっており、カナダやオーストラリアも学部の学費と比較して大きく上昇している。それに対して、日本の大学院修士の学費は、学部とほぼ変わらず、韓国やニュージランドーより少し低い水準となっている。また、フランス、ドイツ、デンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンなどは、大学・大学院ともに自国学生に対する学費はほぼゼロで、ヨーロッパにおいては大学教育への補助が充実していることもわかる。まとめると、日本の学費は大学・大学院ともに、アメリカと比較すると決して高い水準ではないものの、OECD諸国全体と比較すると比較的高い水準にあるといえる。

図1:2022-2023年の学年暦におけるOECD諸国の国公立大学の自国学生に対する学費

Education at a Glance 2024 317ページFigure C5.1:
https://www.oecd-ilibrary.org/deliver/c00cad36-en.pdf?itemId=%2Fcontent%2Fpublication%2Fc00cad36-en&mimeType=pdf
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日本の学費が意外と高い水準にあることに驚いた方もいるかもしれないが、その理由のひとつは、先ほどの図が自国学生に対するものであるからである。実際、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど多くの国では、留学生に対して倍以上の学費を課している国が多い。また、自国学生に対する学費がほぼ0であったヨーロッパ諸国も、留学生に関しては一定水準の学費を課しているところが多い。それに対して、日本の国公立大学は留学生に対して、原則、同額の学費を課しているので、留学生に関しては、学費は比較的、低水準となっている。特に、日本を除くいくつかの国で大きく学費が上昇する大学院では、その特徴が顕著となる。日本の高等教育の学費が自国学生だけに対しては、相対的に高い水準にあるという状況は、改善の余地があるということができるだろう。

日本政府の初等教育に対する支出はOECD諸国では低水準であるものの、日本の15歳学生の学習到達度は世界最高水準

東京大学が学費の値上げを決定した大きな理由は、国から補助金が減少傾向にある中、財源を多様化し、国の補助金に依存しない経営モデルへ転換させるためである。そのうえで、教育の質を維持しつつ、経済的に恵まれない学生にも広く学びの機会を提供できる仕組みを構築していくことが期待されている。今回の東京大学の値上げは、一方で、低所得世帯に対する援助の拡大も同時に行われており、その第一歩であると考えられる。

大学運営において、国の補助金への依存を下げること自体は重要なことであるが、国からの大学への補助金が減少傾向にあることは、憂慮すべきことであろう。それでは、日本政府の教育への支出水準はOECD諸国でどの程度の水準なのであろうか?これを確認するために、OECDのEducation at GlanceからOECD諸国の初等教育、中等教育、高等教育における学生一人当たりへの政府支出を図示したものが図2である。この図より、日本の中等教育や高等教育への政府支出は、OECD諸国のほぼ平均にあることがわかる。それに対して、初等教育への政府支出はOECD諸国の平均を下回る低水準となっていることがわかる。

図2:2021年のOECD諸国の各教育課程に対する学生一人当たりへの政府支出

Education at a Glance 2024 253ページFigure C1.1:
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図2だけを見れば、日本政府の教育への支出に危機感を抱くのは早いかもしれないが、日本は世界上位5位に入る経済大国であることを忘れてはいけない。実際、2021年のOECD諸国の各教育課程に対する政府支出の対GDP比を図示した図3からわかるように、日本の教育支出対GDP比は、OECD諸国の平均を大きく下回り、日本より低い国はクロアチア、ルクセンブルク、アイルランドなどごくわずかな小国だけとなっている。教育がこれからの日本を支える若者への投資であり、今後の成長を支えていく基盤となるものであることを考えると、教育への支出を増やす余地は十分考えられるだろう。

図3:2021年のOECD諸国の各教育課程に対する政府支出の対GDP比

Education at a Glance 2024 273ページFigure C2.1:
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日本の教育への支出が少ないことが明らかとなったが、それでも日本の教育水準はOECD諸国の中でもトップレベルである。これは、学生一人当たりに対する6歳から15歳までの累積教育支出額とOECD生徒の学習到達度調査 (PISA) における数学の平均点の関係を図示した図4から確認できる。日本の学生一人当たりに対する6歳から15歳までの累積教育支出額はOECD諸国の平均を10%以上下回り、エストニア、スペイン、イスラエルなどと同程度の水準になっている。しかしながら、PISAにおける数学の平均点は世界で最も高くなっており、中等教育時点では日本の学生の学習到達度はトップレベルであることがわかる。

図4:2021年の学生一人当たりに対する6歳から15歳までの累積教育支出額と2022年のPISAにおける数学の平均点

Education at a Glance 2024 261ページFigure C1.6:
https://www.oecd-ilibrary.org/deliver/c00cad36-en.pdf?itemId=%2Fcontent%2Fpublication%2Fc00cad36-en&mimeType=pdf
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初等教育の実用的教育の強化と自国学生への教育支援の拡大を期待

以上をまとめると、初等・中等教育に関しては、日本政府の教育支出はOECD諸国の中でも低い水準にあり、特に初等教育に対する支出が平均を下回っていることがわかった。しかし、PISAにおける日本の15歳学生の数学の平均点は世界トップレベルであり、限られた教育支出の中で高い成果を上げている点は大いに評価されるべきである。これは、日本の教育システムが効率的に機能していることを示しているが、今後、より実用的な技能に対して、より多くの教育支出を行うことで、さらなる質の向上が期待できるであろう。例えば、プレゼンテーションやディスカッションなどのコミュニケーション能力の向上を図る教育とともに、英語に関しても実用的な英語コミュニケーションを重視したカリキュラムを拡大することで、グローバル社会での競争力を高めることができるであろう。

高等教育に関しては、日本の国公立大学の自国学生に対する学費は、OECD諸国の中で比較的高い水準にあり、留学生に対しては比較的低い学費を課していることが明らかとなった。このことは、留学生誘致の面ではメリットがある一方で、自国学生に対する経済的負担が相対的に大きいことを意味しており、高等教育の問題点の一つである。特に、この問題は大学院において顕著であり、それもひとつの要因となり、特に文系の大学院では、留学生の割合が高くなっているのが現状である。国際的な競争力を高めるために、優秀な学生に対しては、積極的に奨学金を給付するなど、自国学生に対する支援策の強化を、国をあげて検討していくべきであろう。