AI人材と代替されない人材育成から成長が見込める未来へ

2025年10月20日


沖本 竜義
慶應義塾大学経済学部

2025年7月14日、日本銀行は「生活意識に関するアンケート調査」の2025年6月調査の結果を公表した。この調査は、国民各層の意見や要望を幅広く伺い、政策・業務運営の参考とするために、1993年から継続されている調査である。生活者の意識や行動を長期的に継続した数少ない調査であるため、日本の生活意識を長期的に把握するためにも、大変有意義な調査といえる。本コラムでは、2025年6月の生活意識に関する調査結果から消費者の意識とその推移を概観し、政策的・経済的インプリケーションについて考察したい。

景況感は「失われた20年」を象徴

日本の生活者の景況感の現状を確認するために、日本銀行による「生活意識に関するアンケート調査」から、景況感に対する回答をまとめたものが図1である。図からわかるように、現在(1年前対比)の景況感については、「良くなった」との回答が25.4%と前回の30.5%から減 少し、「悪くなった」との回答が70.5%と前回の64.4%から増加した。その結果、「良くなった」という回答率と「悪くなった」という回答率の差から計算された景況感DIは-67%まで悪化し、この悪化傾向は2024年から継続している。また、生活者が感じる景況感DIは、2006年以降、一貫して負の値にとどまっており、「失われた20年」の延長線上にあるとの認識から未だ脱却できていないことが見て取れる。したがって、景況感は依然として停滞しており、構造的課題が残っていることが確認できる。

図1:生活者の景況感

日本銀行:生活意識に関するアンケート調査
https://www.boj.or.jp/research/o_survey/data/ishiki2507.pdf
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次に、日本の生活者の暮らし向きにどのような意識を与えているかを確認するために、同調査から生活者の暮らし向きに対する回答をまとめたものが図2である。その結果は、景況感とほぼ同様のものとなっており、現在(1年前対比)の暮らし向きについては、「ゆとりが出てきた」との回答が3.8%と前回の3.9%から減 少し、「ゆとりがなくなってきた」との回答が61.0%と前回の55.9%から増加した。その結果、暮らし向き感DIは-57.2%まで悪化し、この傾向は景況感と同様に2024年から継続している。また、図2から、暮らし向きDIは2006年以降、一貫して-30%以下となっており、家計のゆとりがなくなり続いている実態が伺える。暮らしのゆとりを感じられない限り、消費の持続的拡大は望みにくく、景況感の改善も期待できないため、生活者に暮らしのゆとりを与えることができる政策が渇望されていることがわかる。

図2:暮らし向きに対する意識

日本銀行:生活意識に関するアンケート調査
https://www.boj.or.jp/research/o_survey/data/ishiki2507.pdf
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物価高による支出増が生活者の暮らし向きの意識を直撃

上で生活者の景況感や暮らし向きの低迷が継続し、2024年以降、悪化傾向が続いていることを確認したが、近年は、賃上げも進んでおり、収入に関する意識は改善していることも考えられる。それを確認するために、図3は同調査から生活者の収入に対する回答をまとめたものである。それによると、「増えた」との回答は14.9%で前回から1.2%低下しており、「減った」との回答は30.6%と2.9%増加している。その結果、収入DIは悪化しており、直近は景況感や暮らし向きと同様の動きが見られている。しかしながら、収入DIは2021年から2024年半ばまでは、上昇傾向が見られ、これは同時期にも低下傾向が見られた暮らし向きDIの動きとは対照的なものとなっている。

図3:収入に対する意識

日本銀行:生活意識に関するアンケート調査
https://www.boj.or.jp/research/o_survey/data/ishiki2507.pdf
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この違いが見られる理由の大きな原因は物価の高騰であり、それは支出に対する回答をまとめた図4からも明らかである。支出が「増えた」との回答は61.9%とかなりの高水準が継続している一方、「減った」との回答は11.3%にとどまっており、支出DIは50%を超える水準となっている。50%前後の高い支出DIは23年以降、継続しており、近年の物価高が、支出増につながっていることがわかる。したがって、収入は伸び悩む一方で、物価高により支出は増加している。その結果、暮らし向きという生活実感に強い圧迫感が生じているのである。

図4:支出に対する意識

日本銀行:生活意識に関するアンケート調査
https://www.boj.or.jp/research/o_survey/data/ishiki2507.pdf
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経済成長力への失望からの脱却を図るためにはAI人材と代替されない力の育成へ

物価の高騰は近年の景況感や暮らし向きの悪化の一因であることが確認できたが、2020年以前は、日本は低インフレに悩まされており、物価の高騰だけで過去20年に渡る生活者の景況感や暮らし向きの低迷を説明するのは難しい。低迷の根底にある大きな原因は、日本経済の成長力に対する低評価であり、それは、日本経済の成長力に対する見方をまとめた図5から確認できる。今回の調査では「より低い成長しか見込めない」との回答が58.6%に対して、「より高い成長が見込める」との回答は2.7%にとどまり、経済成長力DIは-55.9%と、大幅なマイナスとなっている。また、過去20年間の経済成長力DIの推移を見ても、-40%を上回る水準となったのは、ごくわずかな時期だけで、一貫して低い水準となっていることも確認できる。

図5:日本経済の成長力に対する見方

日本銀行:生活意識に関するアンケート調査
https://www.boj.or.jp/research/o_survey/data/ishiki2507.pdf
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以上の結果をまとめると、日本の景況感や暮らし向きは長期にわたり低迷を続け、直近では物価高が生活者の意識をさらに圧迫しており、その根本には、経済成長力への失望があると言える。こうした状況を打破するには、物価安定策や所得政策などの短期的な需要喚起策にとどまらず、持続的な経済成長力を取り戻す人材育成を軸にした長期戦略が不可欠である。人材育成への投資が、企業の競争力や個人の将来の所得への期待を高め、それが消費や企業活動への期待へと波及する好循環を生み出すからである。

その際に鍵となるのが、AIの発展を経済成長につなげることができる人材の育成である。文部科学省による「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル・応用基礎レベル)」や、経済産業省による「デジタルスキル標準」の策定などは、大学教育・リスキリングを通じてAIを使いこなせる人材を育成する試みとして評価できる 。それとともに重要なのは、AIと協働しながら独自の価値を生み出すことができる人材の育成である。具体的には、単なる技術スキルだけでなく、AIを使いこなす課題設定能力や、新しい技術を既存のビジネスに組み込む創造的応用力といった、人間特有の能力を備えた人材である。政府はAI人材育成政策をさらに深化させつつ、創造性・批判的思考・倫理的判断といった「AIに代替されない能力」を持つ人材の育成を並行して進めるべきであろう。例えば、高等教育におけるAIリテラシー教育やSTEAM教育の強化、社会人のAI技能に関するリスキリングに対する支援の拡充、企業のAI研修や人材育成に対する補助金や税制優遇といった支援策は、政府が今後も推進・継続していくべきものであろう。私たち生活者も、AI時代の到来を好機と捉え、新しい知識や技術の取得と創造性の発揮こそが、閉塞感を打ち破り、より高い成長を見込める未来を自ら引き寄せる鍵であることを認識し、主体的に行動していくことが求められる。

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