日本におけるモバイル決済の発展と今後の展望
2025年06月20日
沖本 竜義
慶應義塾大学経済学部
2025年3月31日、経済産業省は2024年のキャッシュレス決済比率を算出した結果、キャッシュレス決済比率は2023年の39.3%から42.8%へ上昇し、政府目標の40%を達成したことを公表した(https://www.meti.go.jp/press/2024/03/20250331005/20250331005.html)。また、将来的には、世界最高水準のキャッシュレス決済比率80%を目指し、必要な環境整備を進めていくとしている。その過程で、重要な役割を果たすのが、現在拡大しているモバイル決済である。本コラムでは、2025年4月にマイボイスが行った「モバイル決済に関するアンケート調査」の結果を紹介し、モバイル決済の現状と潮流を概観する。それに続いて、モバイル決済の課題を考察し、今後の展望について議論する。
モバイル決済の利用意向は年々上昇
まず、日本における支払い方法の外観を見るために、マイボイスが行った「モバイル決済に関するアンケート」から、ネットショッピングを除いて直近1年間で使用した支払い方法を図示したものが図1である。それによれば、「現金」は82.6%で、大多数の人が現金を使用していることがわかる。それに続いて、「クレジットカードの「カード本体」を機械にタッチ・通す、店員に渡すなど」が66.4%、「スマホ決済:スマートフォンのアプリ・機能(PayPay、Apple Payなど)」は57.0%、「電子マネーの「カード本体」を機械にタッチ・通す、店員に渡すなど」が43.5%となっており、以上が4つの主要な支払い手法となっている。しかしながら、過去6年間の傾向を見てみると、増加傾向にあるのは、4つの主要な支払い手法のうち「スマホ決済:スマートフォンのアプリ・機能(PayPay、Apple Payなど)」のみで、その他の支払い手法は緩やかながらも減少傾向となっており、今後モバイル決済が果たす役割が一層大きくなることが予想される。
モバイル決済の拡大は、人々の支払い意向にも表れており、図2は同調査より、スマホ決済アプリ・サービスでの支払い意向を図示したものである。それによると、スマホ決済アプリの利用意向(「利用したい」「まあ利用したい」の合計)は全体の60%弱、非利用意向(「利用したくない」「あまり利用したくない」の合計)は20%強となっている。また、過去7年間の傾向を見てみると、非利用意向の比率が50%超から半減する一方、利用意向の比率は20%弱から3倍程度に上昇しており、利用意向からもモバイル決済が拡大していることが確認できる。
モバイル決済の使用頻度と使用割合も顕著に上昇
上でモバイル決済が拡大傾向にあることを見たが、実際にどの程度、モバイル決済は使用されているのであろうか?図3は、それを確認するために、同調査から直近1年間のスマホ決済利用者が、スマホ決済で支払った頻度(ネットショッピング含む)を図示したものである。それによると、週1回以上、モバイル決済を使用した人は70%に上り、「週2~3回」が最も多く、30%程度となっている。また、週4~5回以上も約26%に達し、過去7年間で2倍以上に上昇していることが確認できる。
次に、使用割合からモバイル決済の拡大を見るために、同調査から直近1年間にスマホ決済アプリ・サービスで支払った割合を図示したものが、図4である。図から、直近1年間スマホ決済利用者が、スマホ決済で支払う割合は、支払い回数のうち1~2割と8割以上の比率が高くなっており、ともに25%程度である。しかしながら、過去7年の変化を見てみると違いは顕著であり、1~2割の比率は40%程度から大幅に減少している一方、8割以上の比率は12%程度から2倍以上に上昇している。また、6割以上の比率で見ても、25%弱から44%強と大幅に上昇しており、多くの消費者が大部分の支払いをモバイル決済で行うようになっていることがうかがえる。
モバイル決済を重要な社会インフラとして有効活用していく施作を期待
ここまで見てきたように、日本におけるモバイル決済は、利用意向、使用頻度、支払い割合のいずれの面においても着実に拡大しており、今や日常生活に不可欠な存在となりつつある。スマートフォンの普及率がほぼ頭打ちとなっている現在において、今後のモバイル決済の拡大は、「誰が使うか」ではなく、「どのように社会に根付かせるか」という段階へとたどり着いてきたと言えるであろう。
このような背景のもと、モバイル決済は単なる支払い手段ではなく、重要な社会インフラとしての性格を帯びつつある。例えば、自治体が地域振興券の発行を、スマホ決済アプリを通じて行う事例がすでに見られるように、行政サービスとの連携による公共的な用途が広がっている。また、中国のデジタル人民元のように、海外ではデジタル通貨の発行が、モバイル決済システムの社会的応用事例として、見受けられる。これらの事例は、モバイル決済が国家の政策・金融システムとも接続されうることを示す好例である。今後は、インバウンド需要に伴い、訪日外国人向けの多言語対応や海外決済サービスとの互換性も重要なテーマとなるであろう。モバイル決済が国際標準に適合し、国内外問わずスムーズな利用が可能になることで、日本の観光業の更なる発展や消費環境全体の利便性向上にも寄与することは大いに考えられるからである。
その一方で、デジタル格差の解消や、セキュリティ・プライバシーへの配慮、UIの統一・簡素化といった課題も残る。誰もが安心して使えるインフラとするためには、技術的な整備だけでなく、UX設計、法整備、金融リテラシー向上といった多面的なアプローチが必要となるであろう。モバイル決済は、支払いの利便性を高めるだけでなく、行政・医療・交通・観光など、社会のあらゆる場面に接続しうる「次世代の社会インフラ」としての可能性を秘めている。今こそモバイル決済を、「支払いの手段」から「誰もが安心して使える公共インフラ」へと進化させるための具体的なアクションが求められている。デジタル格差を解消したうえで、すべての人が恩恵を享受できる次世代の社会インフラとして、モバイル決済を有効活用していく施作が、企業・行政・ユーザーが一体となって進んでいくことを期待したい。